おばあちゃんの遺品を、少しずつ整理しているらしい。
妹が、おばあちゃんの、最新版広辞苑を欲しがった。
母が、それを却下した。
「おばあちゃんが、あいざぁに、って言ってたから」
おいらは昔から、なにかというと辞書を引く子供だった。
わからない言葉を親に聞くと、
いつもごまかされたり、あいまいにされたからだ。
辞書は明確で、仮にその説明文がわからなくても
さらにページをめくればいいという、至極便利なものだった。
うちは貧乏なので
一家で使っていた辞書は、父の使い古しのものだった。
小学校5年生の時、
ある絵画コンクールで入賞し、
おいらは賞金を手にした。
自分で稼いだ初めてのお金で、おいらは広辞林を買った。
広辞苑が欲しかったのだが、
それは賞金よりも数千円高かった。
広辞林は千円ほど足せば買えたし、
広辞苑より薄く、引くのが楽そうに思えた。
おいらは毎日のように辞書を引いた。
ある日、おばあちゃんがおいらの広辞林を見て、驚いた。
一年も経たずにボロボロになった辞書を、
おばあちゃんは「これが辞書のあるべき姿」と言った。
美しく書棚に置かれただけの辞書は惨めだと、
その後何度もおいらに繰り返した。
おばあちゃんは綺麗好きで、
おいらの辞書を見るまでは、
辞書が傷むのがいやで、カバーをつけようかと、
本気で考えていたらしい。
新しい広辞苑を買った後、
「あいざぁの辞書みたいにはならないわね」と
よく言っていた。
「この辞書は、あいざぁが使ってね」と、
いつだったか、直接言われたことがある。
「ボロボロにして」
と、おばあちゃんは笑っていた。
もうおいらは大人で、
丁寧に辞書を引くことができる。
あの頃のように、おもしろがって
ばたんばたんと音を立てることはしない。
おいらが大切に使って
ゴウがボロボロにしてくれたらいいな。
それがきっと、おばあちゃんの喜ぶ使い方だと思う。


重い辞書をばたんばたんとめくるのが、すごく楽しかった、あの頃。
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